@kyanny's blog

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健康診断

一年ぶりに視力検査をして、右0.8左0.2だった。左は去年の0.4からさらに悪化した。

右目は小さい頃からなんとも形容しがたい見えづらさがあり(視野がところどころ欠けているというか)、絶対的な視力は確かにあるようだが、日常的にものを見る上ではあまり役に立たない。

したがって左目が利き目なのだが、この一年ほどで目に見えて左目が見えづらくなった。少し遠くのものをみるときは、左目を閉じて右目で見たようがピントが合うくらいだ。ただし視野全体が、カメラをフェンスに近接させてフェンス越しに遠くの風景にピントを合わせて撮影した写真のように、ぼやけたフェンスがかぶさってて見えない部分が至るところにある感じなので、文字などは欠けてる部分をかなり脳内で補う必要がある。

イメージとしてはこの写真に近い。ぼやけてる部分はもっと細かく、ランダムに散らばっていて、形のある箇所とは感じられないくらい微妙な感じだけど。

日常生活は裸眼で過ごしてきたけど、そろそろ普段も眼鏡をかけないと厳しくなってきたかもしれない。自宅でテレビの字幕すら裸眼では読むのに苦労するくらいだ。なので洋画を観るときは眼鏡をかけている。

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ

という名言があるが、 StackOverflow とか Quora のような Q&A サイトというのは、賢者が歴史を学べる場を志向しているのだと思う。だから質問や回答をレーティングして、コミュニティの参加者にとってより価値が高いと判断されたコンテンツがより多くの人の目に触れるようにしている。

しかし「自分の質問に答えて欲しい」という、情緒的な部分に重きを置く人というのも相当数いるはずで、彼らは必ずしも愚者ばかりというわけでもないだろう。彼らにとって、膨大なレーティング済み質問回答アーカイブは、参考にはなるかもしれないけど参考程度でしかないかもしれない。

そのようなニーズに対して、著名な Q&A コミュニティサービスはどのように対応していくのか興味がある。

StackOverflow は、なんとなく「良質なアーカイブが正義」というスタンスをとるのだろうと思っていて、なぜならプログラミングとかソフトウェア開発とかに関する質問は正解があるから。かつ、正解がけっこう長い時間、不変そうだから。あと、難しくて正解できる人が限られるような問題は、類似の質問や誤答が量産されることはプラットフォーマーにとってもコミュニティにとっても利用者にとっても明らかにマイナスなので、「たった一つの冴えた正答」をフィーチャーすること、その代わりに類似の質問が抑制されることへのインセンティブが強く働きそうだから。

一方で Quora はもうちょっと微妙なのでは?という気がしていて、なのでより興味深い。 Quora でどのような質問回答がやり取りされているかろくに知らないけど、キャリアの相談とか、割と正解が無い話題も幅広く扱われるコミュニティのように思えて、だとすると先人の質問回答を参考に読むだけでは物足りないという人のシェアが多くなってくるのではないか。あと、正解が無いからこそ回答者側にも、好き好んで同じような質問に同じような回答をし続けるお節介さんみたいな人が多く発生する可能性がある気もしていて、個々のやり取りはお互いコミュニケーションできてハッピーかもしれないけど、プラットフォーマーの立場では膨大な似て非なる質問回答アーカイブがたまるばかりで扱いに困る、みたいなジレンマが発生したりはしないか?などなど、関心は尽きない(サイト内でフィーチャーせず、 SEO 対策にのみコミュニティのコンテンツ評価を用いる、みたいな手もありそう)