@kyanny's blog

My life. Opinions are my own.

タイトルとかカテゴリとかつけるの面倒くさくなってきたな。かといって Tumblr のフィードみたいに勝手に本文の先頭何文字かをタイトルに使われるのもちょっと違う。「おれは情報発信してるんだぜ!!」みたいな力み方をしたくない心情の現れとでもいおうか。

Erlang の勉強の話。 mochiweb のソースは mochiweb_http.erl からたどっていくと良い、とアドバイスを貰ったので眺めてみた。 mochiweb_http:start/0 が起点かなとあたりをつけて、 mochiweb_http:start/1 はコメントで受け付けるオプションが書いてあって、 mochiweb_socket_server:start/1 をみる。 mochiweb_socket_server は -behaviour(gen_server). とあるので gen_server の知識が必要っぽい。プログラミングErlangは15章を読み始めたところで、16章の途中で gen_server の解説があるので、そこまで待つか、先に gen_server の節をざっと読んでみるか、どうしよう。

仕事の話。今日も PHP で Zend Framework なアプリケーションをいじっていた。だいぶ苦労している。 PHP も Zend Framework も悪くなくて、単におれの力量が足りないだけなのだが、それでもつい「Rails だったら・・・」などと考えて気が散ってしまう。メインのアプリケーションが Rails で書いてあって両方いじってるからなおさらだ。たまに変数のスコープ的なところなのか、参照渡ししてるときの動作なのか、よくわからないままハマったりして時間がかかる。あと口内炎ができてしまってずっと気になっている、不快だ。

よくわからないから連想して、おれは「わからないものをわからないままにしておくのが嫌だ」という性格なのかも、と湯船に浸かりながら考えていた。昔は好きだったサーバ環境構築とかいろんなソフトウェアの設定をする作業が最近めっきり苦手に、はっきり言うと嫌いになったのは、それらの作業をやり始めると突然「わからないこと」が増えてしまい、それらを一つずつ理解していくだけの時間が捻出できず、結果として大量の「わからない」による不快さを味わうハメになる、ということがわかっているから避けるようになったのだ、と自分のなかでは説明できた。「わからない」と「しらない」は別で、「わからない」は「わかりたい」という欲求があるのにもかかわらず「わかれていない」状態なので不快さに繋がるのだろう。「しらない」ものは「しりたい」とすら思っていないのだ。この文章がよくわからないな。