@kyanny's blog

大作を傑作と混同するものは確かに鑑賞上の物質主義である。大作は手間賃の問題にすぎない - 芥川竜之介

転職活動を本腰入れてやり始めたのはここ二、三週間くらいで、転職ドラフトや Findy などに登録してみてコンタクトが来た先週が第一波、先日のブログの反響でコンタクトが来た今週が第二波(おそらくピーク)、知人のつてで繋いでいただいた方に紹介いただく来週あたりが第三波(おそらく最後の波)、という感じで、四月上旬までに候補を出し尽くすというぼんやりしたイメージに対して一応はオンスケで進んでいる。

転職活動を始める前や始めたばかりの頃は、決める優先順位は 人 > ビジョン・ミッション > 事業(領域) > 金 で動かないだろうと思っていたが、思いもよらず選択肢が増えたからなのか、心の底ではそれらと別軸の「おれである理由」を求めていることに気づいた。

自分がそれをやる必然性。100人が100人とも「お前はそれをやるべき」と言うのであれば、きっとおれはそれをやるべきなんだろう、因果応報、ストレングス・ファインダーでいう運命思考のようなもの。そんな事柄と出会えることなんてめったにないと思うし、そんな偶然を求めて(それを意思決定の最大の拠り所として)動くのは危険だとも思うが、やはり「なぜおれはそれをやるのか」を、少なくともおれがおれ自身に対して説明可能でなければ、おれはそれをやるべきではない、そんな気がしてしまう。