Engineering Manager その後

半年以上経って、またいろいろ環境が変わった。
7月に会社で大きな組織変更があった。直属の上司が変わった(上司の肩書も変わった)。それと並行して組織の体制もガラリと変わった。詳しいことは Quipper組織変更と41歳CTOの今後 - Masatomo Nakano Blog に書いてある。
新しい上司は開発体制だけではなくマネジメントの体制もいろいろ整備してくれて、自分に関わる部分でいうと、自分が Engineering Manager としてマネジメントする人数が 19 人から 7 人に減った(新しく Engineering Managers が増えて、減った分はそちらにスライドした)。その上 Engineering Manager に求められる役割もより限定されたものになった。要するにマネジメント業務はずいぶん楽になった。
毎日ミーティングするために会社へ行き仕事のプログラムを一行も読まず書かず家に帰る生活から、二週間のうち十日以上は仕事のプログラムを少なくとも一行以上読んだり書いたりできる生活になったのはとても良かった。まだリハビリ中という感じで、プロダクションで動くコードを書けるレベルには戻ってないけど、じきに戻れるだろうと楽観視できるくらいには状況は良い。
一方で、「自分がやらなければ」という使命感・責任感・ヒロイズムに浸って開発者としての自分の時間を犠牲にして会議ばっかりしていたこの数ヶ月は一体なんだったんだろう、と虚しく思う。自分がそんなに必死になってやらなくても、必要なことなら他の誰かがやるし、誰もやらないなら不要なことに過ぎない。そんな当たり前のことから、どうして目を背けて「自分がやらなければ」という考えに囚われていたんだろう。自分でも気づかないうちに保身に走っていたということか。なんと恐ろしい。
実際、結果的に、自分が頑張ってやっていたつもりだった数ヶ月を振り返ると、開発体制はいろいろ綻びがでてきて少しずつ状況が悪くなっていったし、人事的な部分でもポジティブな結果は出なかった。だからこそ組織変更をして抜本的に立て直そうという話になったわけだし、組織変更の直後には多少の混乱はあったものの一ヶ月経ってみんな普通に仕事できているわけで、いよいよ自分がやっていたことには大した価値は無かったんだなぁ、と思う。それなのに何故、自分では価値があると思ってやっていたんだろうか。何故、大した価値もないことに時間を使うことが許されてしまったんだろうか。
「自分がやらなくてもいいこと」をやっていたのだとしたら、何やってんだ俺は、と腹立たしく思うし、「誰もやらなくてもいいこと」をやっていたのだとしたら、もっと腹立たしい。
自分は Manager と名のつく役割には不向きだろうと何年も前から思っていた。実際にやってみて、やっぱり向いてないな、というのと、こんな奴にやらせちゃダメだ、というのと、半々くらいの気持ちだ。自分を見つめ直す良い機会になった。新しい組織体制のもとでは Engineering Manager は有限の任期を持つことになったので、チームメンバーに迷惑をかけずに任期を全うして、その後どうするのかをじっくり考えたい。