@kyanny's blog

私は天才ではありません。ただ、人より長く一つの事と付き合っていただけです - アインシュタイン

童貞ナイトに参加してきた

「日本の童貞」の著者、澁谷知美氏が語る「童貞ナイト」というイベントに参加してきた。
http://shibuya.txt-nifty.com/blog/2005/12/post_2134.html

以下、断片的な感想。

  • 事前に「日本の童貞」を流し読みして予習して行った。最初に読んだのが去年の七月くらいで、そのときは「結局これを読んでも歴史認識を深めるだけで、問題解決しないではないか」という感想を持った。
    • そのことを澁谷氏に意見したところ、「事実を追うことが目的の本なので、解決はしません」とのこと。
      • それに絡めて、ペペ長谷川氏や参加者から出た「(だめ連に)期待して来ちゃダメだ」という意見が興味深かった。自己解決しろ、と。*1
    • 参加者の半数が女性だったことが驚きだった。しかもお笑いの話目当てというわけでもなさそうで、童貞の話にもちゃんと意見していた。
      • 「エッチ」という発言に過敏に反応してしまったが、喧嘩は売らないでおいた。
    • 「ものすごいディープな童貞トークが聞けるかも」と期待して行ったが、店に入って店内を見回して「ないな」と考えを改めた。これは俺が単にああいう場に不慣れなだけだろうか。若干の「センスの良さ」を嗅ぎ取ったのだが。*2
    • お笑いの話で「お笑いライブに、男は一人で出かけてボケだけで笑えるが、女は複数で出かけてツッコミがあって初めて笑える」という笑いの質の差についての意見があり、「現代の笑いはいわば女子向けのツッコミで笑うものになってきている」といっていた。これについては、「男は一人でも笑えるが、女は一緒に笑ってくれる、ないし『今の面白かったよね』と言い合える相手がいないと笑えない」という側面もありはしないかと思っていたが時間がなくて言えなかった。
      • 根底にあるのは、「女子が欲するのは他者との共感なので、共感するためのツールとしてお笑いを利用している」という考え。つまり笑いたくてテレビを見るわけではなくて翌日クラスメートや同僚と昨日のお笑い番組の話で盛り上がるために見ている。お笑いライブに足しげく通うのも、生の笑いに触れたいからではなくて友人と一緒にイケてる芸人を見る行為そのものに価値を見出しているため。
    • オタクの話に飛び火すると俄然盛り上がった。しかしテーマが壮大すぎるのに対して時間が足りなさすぎ、散漫な話になってしまった。
      • 非モテの話に飛び火したりはしないかちょっと期待して聞いてたけど、そういう流れにはならなかった。非モテっていう単語そのものは出たかもしれない。あと「童貞の問題はつまりコミュニケーションスキルが足りない問題」という意見が出て、でたなコミュニケーションスキル論!と身構えたが、そこからコミュニケーション至上主義の是非とか A クラス B クラス C クラス問題の話とかには一切流れなかった。当たり前か。
    • 10 分前くらいに到着したらもう椅子がほとんど全部埋まっていた。カウンター 6 席テーブルがひとつくらいの小ぢんまりとしたスペースだったので、人が増えるともう全然収まらなくなり、机を外に出して床に座り込み + 立ち見、さらにあぶれて外に出てる人までいた。
    • 童貞ナイトなのだから、「この中に童貞の人はいますか」と挙手でも求められるのかと覚悟して臨んだが、そういうことはなかった。さすがにまずいってことか。聞かれたら挙手する気満々だったので肩透かしを食らった気分だった。
      • よっぽど「自分は 25 歳で童貞なんですが・・・」と切り出してやろうかと思ったが、童貞であることを宣言してもあんまり意味がありそうな空気じゃなかったのでやめておいた。童貞ナイトなのに!
    • 電波男が一笑に付されていたのが不思議な感覚だった。普段、喪男道の圧倒的な姿を目にしていると、「萌えへの撤退」はその是非だけで誰もが一晩語り明かせるテーマになりうると思ってしまっていたが、案外そうでもないようだ。
      • 「自分たちは女性を選びたがるのに、自分たちが女性から選ばれるのは嫌なんですよ。身勝手なんですね」と澁谷氏がばっさり斬って捨てていた。近現代日本の童貞史 100 年を本にまとめた人が言うと凄みがあるというか、重い。「上野ゼミ」とか言ってたので、上野千鶴子氏の教え子ってことだろうか。なるほどな。そりゃあな。電波男ではフェミニズムには勝てないだろうな。本気度が違いすぎる。

澁谷氏の今日のエントリを見て思い出したが、「ポジティブなあきらめの哲学」にまつわる話は面白かった。「恋愛は技量の差でできる人とできない人がいるのだから、できない人はもうあきらめることだ」と雑誌の取材で話したら、記者の人がとても悲しそうな顔をした、らしい。自分も、童貞問題についてはそういう方向性がいいんじゃないかと思っている。童貞なのは仕方ないからあきらめて、他の分野で人生を充実させるように注力していこう、というアプローチ。

トークライブというものに参加するのは初めてだったので、雰囲気をつかみやすい小規模な会でよかったと思う。また、 CD が棚にびっしり入っているプチオサレ空間だったので、機会があればイベントに関係なく訪れて適当にかかってる曲を聴いてみたい。まあ俺の知識やセンスでは及ばない領域の選曲がなされるのだろうけど。

*1:ではだめ連はなんのためにあるのか?という哲学的な問いは、俺がだめ連についてまったく不勉強なので言及しない

*2:センスがよいなら童貞喪失している、という考えに従うので、あの場に童貞らしくない空気を感じた