@kyanny's blog

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この世にたやすい仕事はない

本屋(TSUTAYA)の文庫の本棚に表紙を向けて置いてあって、何気なく手に取り裏表紙のあらすじを読んだら俄然興味が湧いて買った本。春頃に買って、初夏に読み終わった気がする。そのあらすじというのが、

「一日コラーゲンの抽出を見守るような仕事はありますかね?」ストレスに耐えかね前職を去った私のふざけた質問に、職安の相談員は、ありますとメガネをキラリと光らせる。隠しカメラを使った小説家の監視、巡回バスのニッチなアナウンス原稿づくり、そして……。社会という宇宙で心震わすマニアックな仕事を巡りつつ自分の居場所を探す、共感と感動のお仕事小説。芸術選奨新人賞受賞。

というもので、内容も期待に違わずとても面白かった。津村記久子という作家は初めて読んだが、文体も飄々としていて、真面目な顔をして冗談を言うようなクスリとさせられる面白さがある。

どの章の話もなかなかに奇妙でおかしいのだが、だんだん奇妙さの振れ幅が大きくなっていって、世界が不安定になっていく感覚も斬新だった。ただのお仕事小説、現代小説の枠にはまっていない、ものすごく大袈裟にいうと安部公房的な奇妙さをマイルドに極限まで薄めてふりかけたような、不思議な魅力のある作品だった。

なかでも最もぶっ飛んでるなと思ったのは「おかきの袋のしごと」の一幕で、せんべいの個包装に書かれてる豆知識みたいな文章を考える仕事なのだが、前任者が手掛けていたシリーズに「日本の変わった法令」というのがあるそうで、そもそもが一風変わったテーマの文章ばかりという社風というかセンスという前提がありつつも、そしてあくまで小説の中のエピソードなので完全にフィクションなのはわかったうえで、それにしたって「日本の変わった法令」シリーズを思いつく発想力はすごい、自分には一生かかっても思いつけない着眼点だ、と大笑いした。

読了したうえでもやはり一番の名文は裏表紙だなと思っているが、床に置いていたら猫がゲーゲーをして濡れてしまい、かなり時間が経って乾いてから気づいて剥がしたら肝心の文面がほぼ破けて読めなくなってしまい、残念すぎる。背表紙のために新刊を買い直してもいいくらい気にいっている。

津村記久子はお気に入り作家になりそうな予感がするので、ぜひ他の作品も読んでみたい。

買ったのは文庫だが、なぜかはてなブログの Amazon 貼り付けだと検索しても文庫が出てこない(中古だけ出てくる)