@kyanny's blog

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発熱性好中球減少症で二週間入院した

発熱性好中球減少症という病気になり、2018年の12/27から2019年の1/8まで入院した。

ギラン・バレー症候群で入院後、無事に退院して社会復帰し、一ヶ月ほどは元気に暮らしていた。ステロイドと免疫抑制剤によるクローン病の治療も計画通り進んでいた。しかし12月の中旬頃から雲行きが怪しくなってきた。

免疫抑制剤によって白血球数を平常時の数分の一程度に減らし、免疫の働きを抑えることでクローン病の進行を遅らせる、という治療方針に従って免疫抑制剤を増量していったのだが、白血球数が想定よりも少なくなりすぎてしまった。毎週通院して血液検査と診察をしているので、想定の数字を割った時点で免疫抑制剤は中止したのだが、白血球数は下げ止まらなかった。白血球数(と白血球中に含まれる好中球数)が極端に少なくなると身体の抵抗力が落ちて感染症に負けてしまう。そういう状態で発熱すると、もう自力では回復できないので、入院して治療する必要があるー医師からはそのように言われていた。時期を同じくして、身体も少し疲れやすく、疲れがとれにくくなり、頭痛がする日が増えた。今思えばこれは貧血によるものだったのだろうが、毎週の診察時に貧血について特に指摘されなかったので、気に留めることもなかった。

12/26の夜は普段より一層頭痛がつらく、帰宅して早々に寝込んだ。熱を測ってみたが36.3度と、平熱だった。翌12/27はちょうど通院日で、出勤予定だったが朝から頭痛がしていたので急遽会社は休みをとった。午後の通院時間に間に合うようにどうにか布団から這い出して準備し、少し寒気がするので熱を測ったところ、37.8度あり、悪い予感がした。病院まで電車とバスを乗り継いで行くのは厳しそうだったのでタクシー配車アプリでタクシーを呼ぼうとしたが、全く捕まらず、待っていられないので仕方なく電車とバスで病院まで行った。病院へ着くとさらに体調は悪くなっていて、診察の順番待ちの間に処置室のベッドで休ませてもらえないか申し出たが満床なのでダメだと言われ、仕方なく待合室の椅子で身体を折るようにして丸くなっていた。意識が朦朧としていて自分の順番が来たことにも気づかなかったようで、医師がわざわざ待合まで出てきて声をかけられた。

医師の診察時に熱があることを申告したところ、「入院です」と通告された。この時点で年末年始を病院で過ごすことがほぼ確定してしまい、大変ショックを受けた。年末年始に旅行などの予定があったわけではないが、毎年恒例の初詣とか、平凡なことをしてのんびり過ごすつもりだったのに、それが全て台無しになってしまった。できれば入院したくなかったが、体調は最悪で、自力で帰宅できそうになかったし、帰宅しても回復する見込みがないのであれば医師に従うよりなかった。病棟の受け入れ準備を待つ間に検査や処置などを行うとのことで、しかしその処置の順番待ちもずいぶん長く待たされ、ようやく処置室へ呼ばれたときはひどい寒気で身体がガタガタと震え始めていた。高熱と頭痛でまともにものが考えられる状態ではなく、入院に必要な書類だと言われるがままにサインをしたら個室の差額ベッド代を払うことへの同意書だったり、点滴のラインの針は一回漏れて入れ直しになったり、泣きっ面に蜂とはこのことかというくらいひどい日だった。

部屋は個室しか空きが無いと言われ、感染を避けるためにベッドの後ろに菌を飛ばす空気が出る機械が設置された。熱は病室への移動を待つ間に最も高くなり、39.8度までいった。病室へ移ってからは鎮痛解熱剤を飲んでひたすら横になっていた。以後、頭痛がつらくなると痛み止めを飲み、少し汗をかいて熱が下がるが、痛み止めが切れるとまた熱があがり頭痛がしてくる、という繰り返しが何日も続いた。その間も治療のため、抗生剤の点滴や好中球数を増やすための皮下注射や(これがまたとても痛い。1/2で終了)、免疫抑制剤の副作用で骨髄抑制がおきていて赤血球数や血小板数もかなり減っていたので輸血もした。肺炎への感染を防ぐために真菌(カビ)に対する抗生物質も点滴した。インフルエンザの検査や、毎日のように採血もした。検査結果の数字のハイライトとしては、白血球数が最低で600(平常時の1/10以下)、CRPが最大で16(一般的には0.1以下が普通)、血小板数が3万(平常時の1/5)、ヘモグロビンが6.x(成人男性の平均値の下限が12程度)、といったところ。CRP16はクローン病起因ではなく発熱によるものだと思うが、あまりにも高いので二度聞き直した。1/5の午前中に突然左脇腹に激しい痛みを感じて痛み止めを点滴で入れたりした。クローン病っぽい痛みではなく、便秘っぽい痛みだったが、突然なって以後再現せず、謎だった。

ギラン・バレーで入院したときは、最初の二週間でギラン・バレーの治療は終わり、残りはクローン病の治療のための入院だった。前半は身体の不調と同期するように精神的にもふさぎ込んでいたが、後半は身体が元気になるのに応じて気分も晴れやかになっていった。今回は血液検査の結果が良くなった時点で退院となった。入院期間は二週間弱で、どうやら自分は入院のストレスがピークに達するのが二週目らしく、入院期間の前半は体調が悪くて全く元気が無く、後半は体調は良くなってきたものの機嫌は最悪で、入院期間を通してずっと不機嫌だった(入院してて上機嫌な人もあまりいないとは思うが)。食欲もわかず、病院食もずいぶんまずく感じた。自分の仕事始めの日に退院が間に合わないことが正月頃の時点でわかり、新年早々スタートでつまづくことになってしまったのも気持ちがふさぎこむ一因になった。入院理由である発熱性好中球減少症が、要は「熱が出る」というだけに過ぎないというのも気を滅入らせた(後に知ったことだが、発熱性好中球減少症もけっこう危険で、一番悪い感染症にかかってしまうと、24時間以内に治療を開始しても致死率24%、治療開始が遅れた場合は致死率48%と書いてあった。今回はそのような感染症にはかからずに済んだ)

今回は入院期間が年末年始休みとかぶっていたこともあり、そこからはみ出る分は有給で十分まかなえるので、仕事は休職手続きはしなかった。しかし会社の規則で、7日以上入院した場合は復職のために産業医の許可が必要らしく、退院してから復職するまでに数日を要した。この会社とのやり取りもストレスだった。主治医の診断書を手に入れる必要があり、通常は二週間程度かかると受付窓口で言われるが、仕事復帰のために必要だからできるだけ急いでくれと頼んだら、驚いたことに翌日にもうできていた。免疫抑制剤の処方量は体重換算などで通常の分量で出していたそうだが、とはいえ薬によるコントロールがうまくいかなかったのが今回の入院の原因ではあるので主治医も少し悪いと思って診断書を急いでくれたのだろう。とはいえ「通常は二週間」というルールに対して、事情があるとはいえゴネるのはストレスが大きく、嫌なものだった(ゴネたり値切ったりすることはなんであれ大嫌い)。退院した週の間は身体の調子はまだいまいちだったので、結果的には仕事復帰までのタイムラグは必要な時間だったかもしれない。

退院時の精算で、妻が「治療に必要な場合は差額ベッド代の支払いは免除されるという厚生労働省の通知があるが、今回のケースはそれに該当しないのか」という申し立てをしたが、結局は俺が同意書にサインしてしまったので、支払わざるを得ず、これも今回の入院の心象が悪い一因になった。払えない金額ではなかったし、お金のことで揉めたりゴネたりするストレスを感じるくらいならさっさと払って終わりにしたかったので、二回くらい別の担当者とやり取りして、もう払ってしまったけど、医師は入院しろと言う・看護師は大部屋は空いてないと言う、こういうとき患者としては「個室には入りたくないので同意書にサインしません」という選択肢は、現実問題として取れるのか?というのは気になる。医師だって患者本人の同意なしに強制入院させることはできないだろうし、「死ぬかもしれないけど頑張ってお帰りください」とでも言われるのだろうか。とにかく今後は入院するかしないかという判断力が落ちきってる状態では書類の類には一切サインせず、「妻に聞いてくれ」で通そうと思う。

今回の入院でも妻には大変世話になった。俺だけでなく彼女の年末年始も台無しになってしまって、申し訳なく思う。

入退院からまだあまり日が経っていないぶん、感じていたストレスやら不服なことなどへの恨めしい感情がまだリアルで、ギラン・バレーの入院顛末記と比べて書いていていい気分ではなかった。一年の締めくくりも一年の始まりも台無しで悲しいし、去年はろくな一年じゃなかったというのにとどまらず今年もろくな一年になりそうもなくて不吉。もう入院したくない。

今回の入院中は検温の数字を全てメモしておいた。熱が下がるかどうかが重要だということはわかっていたので、自分の手元にデータを記録して、推移を把握しておきたかった。横軸の目盛りがうまく載せられなかったが、一番左が12/26日の夜、その次で一番高いのが12/27の昼で、一番右が1/8の朝。