「ーーで『げんしけん』の話なんですけど、実際『そんな未来』ってありえると思います?」
「あれねぇ。ふつう無いよねぇ」
「そうなんですよ、咲視点で班目の好感度があがる要素ってたぶんなくて。むしろ悪印象しかない」
「そもそもマイナスからのスタートだしね。あと火事騒動とかもフォローになってない失言でポイント失ったり」
「にもかかわらず『そんな未来もあったかもね』。このセリフをどうとるべきか、そこが問題なんですよ」
「ふむ。あれかね、『好きになってくれるひとが好き』ってパターン。コーサカの能天気な好意より班目のうじうじした好意のほうが、気付いてる咲にしてみればわかりやすい。コーサカの好意に自信が持てなくなって、安心できる男を選んだ、とか?」
「それもありですが、それだとなぜ四年耐えられたのか、の根拠が弱くないですか?実は僕ちょっと考えてることがあって」
「ほう。それで?」
「僕はこのエピソードで鍵になるのは班目が振られてスッキリ吹っ切れた直後のシーンにあると思うんですよ。ほら咲が泣くじゃないですか」
「うむ」
「あそこで咲はこう言うんですよ、『言ったでしょ 私から見たら4年前からだって 絶対 思わせぶりな態度は取らないって決めてたけど』。これを、何故このタイミングで言うのか」
「(無言で先を促す)」
「だって四年もですよ、思わせぶりな態度をとるまいと決めて守り続けた咲が、振ったそばから思わせぶりなことをいっている。『そんな未来』ってのは、そういうことでしょう?」
「ふむ。つまり?」
「つまりですね、これは咲の本心、もしくは願望なのではないかと。四年間頑なに班目の気持ちに気付かないフリをしてきたのは、咲からしてみればまだ恋愛が始まってもいなかったからで。その少し後で笹原妹が言ってますが、班目の気持ちに咲が気づいていることを班目が自覚したときが本当の恋愛の始まりってことなんですよ。咲が自分から切り出すことはない、コーサカと同じ土俵に上がってもこない班目は比較対象たりえない。しかしひとたび幕があけられたならば、その恋愛はどうなるか咲自身にもわからない」
「あーなるほど、」
「しかし不運にも班目の恋愛は始まってすぐ終わる運命だった。咲の答えは最初から決まっていて、班目はどうしたってあそこで振られるんです。しかし、しかしですよ、一瞬で幕が降ろされたその恋愛に咲は思わせぶりな態度をとる」
「(何か言おうとして口を開く)」
「それは何故か。咲は終わらせたくなかったんです、正確には終わらせたかったし終わらせたけど、終わってほしくなかったんですよ。だからあそこであんなことを言った。ずっと言うまいと思っていた相手に、ずっと言うまいと思っていたことを」
「あー、つまりあれだ、『本当の戦いはこれからだ』メソッドだな」
「そう!そうなんですよ、咲は班目に諦めてほしくなかったんじゃないでしょうか?一度振られたくらいで諦めずに、今度こそ真正面からアタックしてきて欲しかった」
「なるほどねぇ。コーサカを振る理由が欲しかったのかもしれないね。そうまでして好いてくれる人になら、なびいても仕方ないと、周囲に対する言い訳が欲しかったんだな、自分も含めて。いやむしろ奪って欲しかったのか」
「そう考えると Spotted Flower の立ち位置がまた興味深くなると思っていて、あれ実はパラレルワールドじゃなく、未来そのものなんじゃないかと」
「たしかに。恋愛から逃げることをやめた班目、彼の気持ちに向き合い自分に向き合ってくれる彼を選んだ咲、そういう過程を経てこその『元カレと同席して周りの空気重くするのなんか〜』だと考えるとまた意味が違ってくるな」
「でしょ?重いですよね、あの一言」
「重いね。いやあなんかだいぶリアリティ出てきたなぁ」
「いやーぼくますます Spotted Flower が楽しみになってきましたよ」
「あ、そうか、『あったかもね』は一種のミスリードなのかな?あそこは本当は『あるかもね』であるべきなのか、」
「先輩?」
「『あるかもね』は実現可能な仮定、『あったかもね』は実現するはずのない仮定の表現。だからあそこで実現可能な未来の話を咲はするわけにはいかなかったのか。それは実現してしまうだろうし、その実現を願うということは不実につながるから」
「おーい(顔の前で手を振る)」
「心の底では願望としてありつつも、無意識に避けたがゆえの仮定法であり、相反する感情の板挟みになっているがゆえの態度、なのか。深いな……」
「なんか先輩ひとりの世界に入っちゃったみたいですね。まぁ言いたいことは聞いてもらえたから満足だけど。たまにはこういうスタイルもいいですね。みなさんはどう思いましたか?よかったら感想聞かせてくださいね。ではまた」
「……もしあそこで班目が仮定法を使わなかったら……?」