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神格視したりすることって、される側には迷惑なんだろうか

何それ? - IT戦記
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このエントリとはてなブックマークのコメントを読んで、ギョーカイで有名になった人が神格視されたりするのはされる側にとっては迷惑なことなんだろうか?という疑問がわきあがった。

一挙手一投足を見張られて、見る側が勝手に作り上げた理想の人格者像に沿った振る舞いを期待されて、そこから外れた言動をしたと見なされると失望したとか言われる、それは確かに窮屈で嫌なのかもなぁ。

でも、今までも「神格視してんじゃねーよ」みたいな意見は amachang さんに対する視線だけじゃなくて他の人に対する視線へのツッコミでもあった気がするんだけど、そういうのって不思議と本人の口から出たって記憶がない。なぜか周辺の人が言い出して、本人は黙っているか、むしろ自分が悪うございましたと謝ったりすることが多いように思う。

芸能人のファン同士の喧嘩みたいなものなのかな、でも違う気もするな。

神格視っていうか、偶像視っていうか、そういう「特別な存在」扱いされることって、それ自体は嫌なものじゃなくてむしろ嬉しいことなんじゃないのかな、と思うけど、行き過ぎるとかえって足かせになってしまうものなんだろうか。

特別視するなよ、っていう意見のまっとうさは理解できるし、そうやって自分とは違うと線を引いちゃうことは自分にとってもあまりいいことじゃないってのもわかる。けど、「あの人は特別だから・・・」と思ってしまう気持ちも、よくわかる。自分と同じ人間だ(自分だって頑張ればあの人のようになれる)と思うことは、結構辛さを伴う。あの人のようになれていない自分を直視させられるから。

特別視するな、と本人にかわって言う人の心境はどういうものなんだろう。そういう立場になった覚えがないのでよくわからないけど、内心うんざりしてる本人の気持ちを代弁しているんだろうか。愚痴をこぼされたりしていて、ミーハーなファンどもに一言言いたいと思っていたとか。ピシャリと言ってのけたことで、本人の気持ちはすっきりするものなんだろうか。むしろ雲行きが怪しくなって謝るはめになった、なんて図を見ることのほうが多い気がする(寝た子を起こしたというか)。