@kyanny's blog

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地震

地震があったときは会社の外に出ていた。具体的にはここにいた。丸亀製麺で遅い昼食を食べて、その日は夜に元同僚と会う約束があったので本をプレゼントするつもりで東急の本屋へ向かう途中だった。

酒屋の店員が自動ドアを両手で押さえながら「ちょっとこれやばいって!」とかなんとか叫んでいて、なんだろうと思いながら少し進んだら建物から人がどんどん外に出てきて、何かおかしいと思ったら視界がへんに揺れていた、ような気がする。なにがなんだかよくわからなくて、覚えていない。周りの建物がガタガタ言い出したので、大きい地震なのだと気づいた。揺れてる間は、まわりのビルが崩れてこないことだけを祈って、細い路地だけどなるべく道の真ん中にいた。

揺れがおさまったら家族のことが心配ですぐに電話をかけたが繋がらない。妻の携帯と実家を交互に呼び出すがうんともすんともいわない。 HTC Desire HD の電話機能がまた使いづらくて、なんでこんな機種を選んだのかとイライラして投げ捨てたくなった。大通りに出てみると建物が崩れたりはしていなかったが車はみんなとまっていたし車道も人だらけだった。おそるおそる京王井の頭線の駅のほうへ歩いていくと、ひとがみんな進行方向の頭上を指さしていて、見上げるとセルリアンタワーがゆっくり左右に揺れていた。もしあれが倒れてきたらと思うと恐ろしくてなかなか近づく気になれなかった。

ようやく落ち着いてきたので、電話をかけ続けながらもビルに近づいてロビーに着くと同僚数名が避難する最中だったので合流して、あとは会社の大多数のひとたちとも合流できて解散まで一緒にいた。電話はまったく繋がらないので Gmail で家族にメールを送り、妻から Twitter の DM がきてとりあえずほっと胸をなで下ろした。その後も家族とは主にメールや Facebook などで途切れ途切れになりながらも連絡をとりあい、どうにか全員の無事を確認できた。

四時過ぎには解散になったので社用の PC をかばんに詰め込んで、電車は動いてないだろうなと思いつつも駅に向かった。やはり動いていないし、いつ復旧するかもわからない。歩いて帰れない距離でもないが、まだ余震があるかもしれないし、三時間はかかりそうだったので車を捕まえたほうが確実だろうと思って渋谷の東急前のタクシー乗り場の待ち行列に並んだ。結果これが大失敗で、寒風のなか五時間並んだが三台しかタクシーが来ず、諦めて列を抜けるひとのぶんだけ前に進めるというひどい有様だった。ここまで並んだら意地もあるし、いままでたいていそういうときに諦めるのが早すぎて次点の選択肢のほうがさらにまずかったということが多かったのでずいぶん粘ったのだけど、九時半頃にもう脚がガタガタ震えて立っているのも辛くなってきたので諦めて列を抜け、会社に戻った。

会社には思ったよりも多くの人が待機していて、みんな帰宅する交通手段がないようだった。会社で暖をとりつつ、行列に並んでいる最中にあっさりバッテリーがきれて使い物にならなくなっていた携帯電話を充電して、数時間ぶりに妻と話をして、しばらく休んで電車の復旧具合をみつつ、無理そうなら歩いて帰るつもりで準備をした。10時過ぎには京王井の頭線が運転再開になり、おそらく尋常じゃない混み具合だろうからと一時間ほど待って、歩くことも覚悟しつつ会社をあとにし、駅へ向かうと意外なことに全然混んでいなかった。改札もホームも車内もガラガラで、座って帰ることができた。

家に帰宅して妻の顔を見たら気が緩んだのと、五時間も冷たい風に吹かれてかなり体力を消耗していたようで、帰宅してしばらくはまだ緊張もほぐれずニュースをみて日中からほとんど得られていなかった情報を集めたり余震を用心して避難用の荷物をまとめたりしていたが、夜中に猛烈に眠くなって横になってからはひたすら寝続けて土曜日はずっと寝込んでいた。タクシー行列に並んでいたとき寒くてかなり咳き込んだし、風邪もひいたようで丸一日ぐったりしていた。

土曜日の夜もニュースをみたりネット、主に Twitter のタイムラインをみていたが、気が滅入るばかりだった。

日曜日は午後に起きて、天気もいいし少し気分を変えて日常に戻る努力をしなければ、と思い出かけることにして、井の頭公園を歩いたり吉祥寺を歩いたりした。月曜以降、在宅作業になる可能性も考えて、帰宅後に会社へ PC を取りにいった。移動中の電車の中でやっぱり Twitter をみたりしては落ち込んでいた。