開発者の中途採用をやっていくにあたり、「チームの誰もが採用担当」というポリシーでインタビューやコードテストのレビューなどをみんなでやってきたが、「どういう人を採用すべきか?」についての認識が合わなくなってきたと感じたので、認識を合わせるために議論の場を設けた。議論を進めるためのツールとしてトレードオフスライダーを使ってみた。うまくいくか確証はなかったが、事後にアンケートをとったら過半数からフィードバックをもらえ、全て好意的だった(五段階評価で4と5が半数ずつ)ので、まぁまぁうまくいったのだろうと受け止めて、もろもろ公開します。
使った資料はこちら。
以下、意図とか進め方とか学びとか。
最終的な目標は「採用基準についての認識が合うこと」なのだが、全員の認識・見解が一致することなどありえないと思っていて、むしろ各人の認識がどれくらいズレているのかを明らかにすることのほうが重要だと思っていた。それに加えて、採用を「自分事」と捉えて、「自分はどういう人を採用したいのか?」というスタンスで自分なりの採用基準について考えてもらい、その意見をぶつけ合うことで「我々はどういう人を採用したいのか?」という問いへの回答を模索していく、という機会にしたかった。そこで、十数人のチームメンバーを三名程度の小さいグループ毎に分けて、同じ内容で議論する時間をそれぞれのグループに対して設けた。少人数にすることで「参加者が多くて黙る」ことは回避できるが、参加者が少なくても黙る人もいるので、自分を含むエンジニアリング・マネージャーがファシリテーターとしてまんべんなく話を振ったりもした。
これまで何年か採用活動をしてきた中で、論点はだいたい決まっていた。なので、「何を重視すべきか?」という議論をしても実りは少ないだろうと踏んでいた。何を重視すべきなのかはもうわかっている。問題は、何を最も重視すべきか、ではないだろうか。という仮説を立てて、あらかじめいくつか「重視すべきこと」を挙げておき、それらに優先順位をつける試みを通じて「我々が最も重視しているのは何で、次に重視しているのは何で、したがって我々が求める人物像はこうである」ということを明らかにしていく。これは試してみる価値があるアイデアじゃないか?と思って、視覚的にわかりやすく優先順位をつけるためのツールとしてトレードオフスライダーを使うことにした。
あらかじめ挙げておいた「重視すべきこと」は、
- Webフロントエンド開発のスキル
- Webバックエンド開発のスキル
- コミュニケーション能力
- マインドセット
- 英語のスキル
の五つで、本題である優先順位づけの議論に入る前に、他にも追加すべきことがあれば挙げてもらい、それもトレードオフスライダーに含めるようにした。途中から追加されている「ビジネスのスキル」というのは例えば「BtoCサービスの開発経験」のようなもので、「日本語のスキル」というのは非日本語話者のみ当てはまる(日本人における「英語のスキル」と同じ)。
上記のうち「マインドセット」は特に曖昧だが、意図的に含めた。どのような言葉を当てはめるべきか迷ったのだが、その他四つ以外の何かに対する総称として「マインドセット」という言葉を使った。「意識の高さ」とか「やっていき力」などと読み替えてもいいかもしれない。その他四つはいずれも「スキル・能力」であり、ある程度は定量的に計測可能だ。過去の採用活動を振り返って、能力の多寡のみで採用可否を決めてはこなかったよな、と思ったので、我々は完全に定性的な何かも重視しているのではないか?という問題提起も含めて、五つめに挙げた。
いざやってみると、まずコンセプトを理解してもらうのに案外苦労した。優先順位づけはあくまで相対評価に過ぎず、スライダーの目盛りのラベルやら数字やらには大した意味は無いのだ、というのはトレードオフスライダーのコンセプトを説明すれば理解できるだろうと思っていたが、意外とそこに引っ張られてしまう人が多く、議論中に細かくフォローする必要があった。また、「会社の採用計画が不明だと前提となる情報が不足しているので優先順位をつけられない」というような意見も出て、本題とは異なる議論に時間を使ってしまうこともあった。そういうことじゃないんだ、「あなたが仲間に加えたいと思うのはどんな人ですか」という話をしているのだ、というのはそもそも採用活動における大前提だと思っていたが、そこからして認識がズレていたりするというのは大きな発見だった。
グループ間で大きく見解が異なった指標もあれば、概ね見解が一致した指標もあった。似た傾向になった指標については、指標の設定に恣意的なところがあったのは否めないので、その影響が出ているかもしれない。グループ内でも見解が異なる部分もあった。これは想定内で、見解が異なる部分について「なぜこの指標の優先順位が他と比べて高い・低いのか」という話をお互いがすることこそが狙いだったので、むしろ見解が異なるところがあってよかったともいえる。
トレードオフスライダーはあくまで議論のためのツールなので、たったひとつのトレードオフスライダーを作ることはそんなに重要ではないし、そもそも統一見解に至ったわけではないのだが、それでもあえて乱暴にまとめると、以下のようになった。
我々は現時点では、おおざっぱにいって、
- マインドセットを何よりも重視する
- 次いでコミュニケーション能力を重視する
- WebフロントエンドとWebバックエンドの開発スキルはその次くらいに重要だが、甲乙つけがたい
- 英語力は開発スキルほど重要ではない
- ビジネスの経験などは英語力よりもさらに重要度が低い
という採用基準を設けている、といえる。2017年11月現在は。
このトレードオフスライダーは状況によって変わりゆくものだし、個別の採用においても絶対的な指標になるわけではない。それぞれの指標の優先順位が入れ替わることもあるだろう。それで全然構わないと思っている。「コミュニケーション能力にやや不安を感じるが、それを補って余りあるほどの高い技術力があるので採用する」というような判断が下されるのはまったくもって正しい。その判断をするときに、「じゃあどれくらい技術力が高ければ『補って余りある』といえるんだっけ?」という議論をする必要があり、そのためのものさしとして使うことができれば、このトレードオフスライダーは役目を果たしたといえる。
最大の学びは、月並みだが、「フェイス・トゥ・フェイスで話し合うのってめっちゃ大事」ということ。なんでも GitHub と Slack でコミュニケーションをとって解決していくのを美徳とすら考えてやってきたけど、肉声の威力を思い知った。あと、こういうコミュニケーションは面倒くさがらず丁寧に手間と時間をかけてやらないといけないのだな、というのも学びだった。
追記
ちなみに「相対評価で考える」というアイデアは、最近一緒に仕事してる同僚から「相対的なポイントで見積もるのだ(一ポイントが何日か、とかではなく、二ポイントのものに対して何倍大きいか小さいか、と考える)」という考え方を教えてもらって、そこから拝借した。
— Kensuke Nagae (@kyanny) November 1, 2017
そして「トレードオフスライダーを使う」というアイデアは、これまた最近一緒に仕事してる同僚のスクラムマスターが前に「このチームのインセプションデッキを作りたい」と言っていたとき、チームにとって大切なことの優先順位を明確にするためのツールがあったよな、と思い出してそこから拝借した。
— Kensuke Nagae (@kyanny) November 1, 2017