@kyanny's blog

私は天才ではありません。ただ、人より長く一つの事と付き合っていただけです - アインシュタイン

猫ではなく犬を飼ったほうが「世界から愛される」リハビリテーションには効果的

みんなだいすき非モテばなしのじかんだよ!!

(※注意!このエントリは冗談エントリです。最後まで読んで笑えたひとはありがとう。笑えなかった人はごめんなさい)

http://d.hatena.ne.jp/kowagari/20050909/1126273573

先週末ごろに話題になったテラヤマアニさんというひとのエントリ。「猫飼って愛を知れ」という意見だ。異論反論オブジェクション、トラックバック先もざっと読んでみたけど誰も言及してないことがあったので書いておく。

避モテに必要なのは「愛される」ことのリハビリテーションだから気まぐれな猫ではなく従順な犬を飼ったほうがいい。

id:iduruさんに対してテラヤマアニさんは、「君の母は愛を知っているのにその母から愛された君がなぜ愛を知らないのか」と言った。俺は想像力が豊かではないから、母親からの愛は十分だっただろう自分の体験だけをもとにいうけども、確かに愛されて成長してきたわけだ。しかし世界のごくごく一部の住人たちから虐げられてトラウマを抱えた避モテは、「ああ自分は愛されている世界から必要とされている」と感じられなくなってしまった。ビョーキでもワガママでもなんでも、とにかく愛されてる実感がわかない、まずそこを認めて、「じゃあ、どうすれば愛を感じられるの?」という解決方法をとっていくべきだと思うのだ。

そこで犬だ。俺は犬も猫も飼ったことがあるから両者の人間に対する態度の違いを身を持って知っている。これはもう、比べてみれば圧倒的に犬のほうが人間を「愛して」くれる。猫は人間を愛してはくれない。場合によっては、必要とすらしてくれない。

今風の言葉で言うならば、猫はツンデレだ。普段は気まぐれで、なでてやろうとおもってもツンとそっぽを向いて逃げていってしまう。そんなつれない態度をとられているからこそ、えさほしさに可愛い声で鳴いてあしに擦り寄ってくると、ころっとやられてしまう。けど、目を覚まして!それはギャップが新鮮なだけ。悪女なんだよ本性は。ひどいのになると、せっかく毎日の食事と快適な寝床を提供してやっていたのに、どこの馬の骨ともわからないドラ猫にたぶらかされて蒸発したりする。

犬は違う。彼らは飼い主に忠実だ。世界で一番のご主人様が仕事から帰ってくると、自宅に到着する何十メートルも手前から自転車の音を聞き分けてキャンキャンと喜びの声をあげる様子をみたことがあるだろうか?着替えを終えて出てきたご主人様の右手に散歩用の綱が握られているのを見たときの、世界中の幸福を一身に背負ったようなキラキラしたまなざしを受けたことがあるだろうか?彼らは彼らだけは自分を必要としてくれる。自分だけを見つめ、全身全霊をかけて「ご主人様と一緒にいる喜び」を表現するあの姿こそ不純物のない本能の愛だ。その純粋な愛の結晶ビームを受け続けて、それでもまだ「愛されていない」と感じられる人はいないと断言する。

ここまで読んで、「それはおかしい。犬が主人になつくのは、えさも散歩も本能レベルの欲求だからであって、生きるためにそうしているだけなのだ」という反論があるかもしれない。それはそれとして、「パブロフの犬」という言葉がある。反射は条件付けできるという例のアレである。有名な実験として、「犬にえさをやるとき必ずベルを鳴らすようにしておくと、次第に犬はベルが鳴っただけでもえさを想像してよだれをたらすようになる」という結果が報告されている。反射の条件付けは犬だけでなく人間にもおこる。要は「生き物なんて結構ばかだ」ということだ。

さて、犬が散歩を必要とするのは本能レベルの欲求である。散歩は犬の生活に必要不可欠のものであるが、なんだかんだいってもやっぱりうれしいことには変わりない。散歩に連れて行くときは必ず同じ綱を使うようにすれば(普通はそうだろう)犬はその綱をみただけで散歩に連れて行ってもらえると思い大喜びする。さらに散歩に連れて行く時間帯も固定すれば完璧である。

ところで、犬はうれしいときキャンキャンと鳴く。これはだいたいどの犬種でも同じで、犬の鳴き声はワンキャンワオンぐらいのものである。散歩に連れて行ってもらえてうれしい犬がキャンキャンと鳴くとき飼い主は「ああこいつは俺に散歩に連れていってもらえてうれしいのだ。俺は必要とされているのだ」というカタルシスを得られる。反射は条件付けできるという理論に従えば、キャンキャンという犬の鳴き声を聞くとカタルシスを得られるように条件付けることもまた可能である。この条件付けがうまく働けば、その飼い主はいつでもどこでも犬がキャンキャンと鳴く声を聞きつけるたびに「俺は必要とされているのだ」という実感を得ることができる。

―――話は変わるが、nintendogsというゲームがあって、どうやら犬の世話をすると鳴き声を発するらしいのだが・・・・・・