@kyanny's blog

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ヒエラルキーについて

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一年くらい、会社組織のヒエラルキーの真ん中より少し上くらいの位置で、立場相応の意思決定を見聞きしたり自分でもしたりして、ヒエラルキーという調整の方法は実によく機能するのだということがわかったけど、わかればわかるほど「これ俺じゃなくてよくね?」という疑念が強まるばかりだった。システム自体が優秀なのであって、歯車の性能なんてどうでもいい。ちゃんとはまってスムーズに動きさえすれば十分役目を果たす。

会社員として働くなら他のあらゆる仕事だって同じように「自分じゃなくてもできる」わけだし、 SPOF にならないことが大事だとも思うけど、せめてアウトプットにささやかな署名くらいあればいい。 Git のコミットログには author が誰か書いてあるし GitHub イシューへのコメントもアカウントと紐付いてる。ヒエラルキーの歯車としての活動には、そういう「しるし」がない。振る舞いとアウトプットの適切さだけに関心があり、中身には関心がない。自分がエヴァンゲリオンのゼーレのモノリスになったような、そういうものであることを暗黙に、しかし当然のことと思われているような、そういう寂しさがある。