shelff 五ヶ月目の一冊。九月に続き、十月も三冊中一冊しか読めなかった。
本文も平易かつ単刀直入でわかりやすいが、帯と「そで」はさらにわかりやすい。
まず「伝えたい」というパッションがあるのが大前提で、そのうえで
- ロジカルに話す
- ナラティブにストーリーを語る
- 相手を理解し、あたまのギャップを埋めるために訊く(質問する)
- 相手に信頼され、こころのギャップを埋めるために聴く(傾聴する)
- 相手へのマイナス意識(バイアス)を取り除くために見方を変える
- 相手からのマイナス意識を少なくするために見られ方を意識する
この六つのポイントをおさえ、実践する。本文はこの主張の補強と、細かいテクニックの説明。なので、要約だけで理解できたら読まなくてもいい。
「はなす」が重点的に説明されていて、「きく」、「みる」の順で内容が少なく、薄くなる。「みる」は取ってつけたような印象すらある。3 つの柱で組み立てるのはピラミッド原則でも出てきた定番の構造で、コンサルタントが書いた本なので当然そこはおさえてきていて、だからこそ無理やりにでも「3」におさめたかったのかな、という印象。
「みる」は説教臭さもあって、「絶対に特定の相手に伝えなければならない」という状況ならいざしらず、たいていの場合は「絶対に不可避」ではないはずなので、「そうまでして伝えたくねーよ」と鼻白らむ気持ちになった。
総じて良い内容だったのだけど、いくつかしっくりこない箇所もあった。
冒頭 p3 に、
その答えは、本書のタイトルに隠されています。もう一度タイトルを見てください。 『伝えるための3つの習慣』ーーそうです。“伝えるため”とあります。 さて、コミュニケーションの目的は何でしょうか。「伝える」ことでしょうか? もしも「伝える」ことに意識がいっているとしたら、ここから変えていきませんか? なぜなら、コミュニケーションの本当の目的は、「あなたが伝える」ことではなくて、「相手に伝わる」ことにあるからです。
と書いてあって、それなら「伝わるための 3 つの習慣」という書名にすべきだったのでは、と違和感を覚えた。
p58 には、
アメリカのビジネス・ライティングの講義で、「“ You”instead of“ I”or “We”(”私が・我々が”の代わりに、”あなたが・あなた方が”)」と習いました。主語を相手にして伝えるということです。
とあるが、会社で受けたカスタマーサポートのトレーニングでは「Use "We" instead of "You"」と教わったし、アメリカ人に「You」を主語にして話すと問い詰めるようなニュアンスになることがあるから「We」の方が望ましい場合が多いという話も見聞きする。この本が書かれたのは 2011 年で、著者が習ったのはそれより前だから、常識が変わったのかもしれないが、ともかく古い情報ではありそう。
他に印象に残った箇所
p142
コロコロキャンディが急に売れ出しました。 1. 「何を変えたんだ?」 2. 「何が変わったんだ?」 3. 「いったい、どうしたんだ?」 質問の仕方で、答える相手の頭の中のスコープ(対象範囲)を変えることができます。コンサルタントは知りたいことへ向けて、意識してこの対象範囲を調整します。
つまり、③の質問をすると、答える相手の目線の高さが確認できるのです。物事の全体像をどこまでの範囲で押さえることができる相手かがわかります。 同様に、完全なオープン質問の「どうですか?」では答えにくそうな場合、言葉を付加していきます。つまり、対象を狭めて分解していくのです。「エリアで考えるとどうですか?」 また、選択肢の質問は、答えるのがより簡単です。「重点エリアは、海外ですか? 国内ですか?」。相手が全体像を抑えかねている場合、こちらでスコープを提示し、重要な軸の選択肢で分解していくことを意識して質問する。すると、相手は自分の考えが整理されてすっきり。相談相手として声をかけていただく機会が増えます。
p149
コツとしては、単純に自分が感情を害したと感じたときこそ、自分を高める、または試すチャンスととらえて、自分のマイナス感情をまず「消す」。ギリシャの友人から教わった方法は、小さくTelete it”と声に出して神さまにお願いするそうです(れぐれも、相手に聞こえないように)。
p220
この本の最後に、スキルではなく、パッションの話で終わらせるのは、理由があります。6つのスキルの必要性に気がつくのも、そのスキルを身につけたい、またはもっと活用したいと思うのも、「伝えたい!」という強い思いがあるからにほかなりません。
そういう意味ではまさに、伝わるためには“伝えたい!”が必要なのです。それがあって初めて、「あたまのギャップ」と「こころのギャップ」を乗り越えていきたくなります。
「伝わる」の最終のゴールは、自分の伝えたいことが相手と一致できて、それが行動につながることです。
「人に動いていただく」ためには、自分が動かなくてはなりません。