@kyanny's blog

自分の不名誉になるような考えを最初に大胆に表明することは、自立への第一歩となる - ニーチェ ドイツ哲学者

最近のid:catfrogさんのはてブコメントが気になる

こういうのとか。

# 2005年11月26日 catfrog 『[非モテ]話は変わるが既婚で非モテを語る奴がいるらしいぜ。どうでも良いが』

こういうのとか。

2005年11月26日 catfrog 『[非モテ]犬山さん叩きの非モテ族に朗報。既婚を隠して非モテを語ってる奴が非モテ人の中に居るらしい。↑大人だなあ』

URI(どのエントリへのコメントなのか)が知りたい人はb:id:catfrogをご参照のこと。

既婚者が非モテを語ることは是か非か

で、既婚者が非モテを語ることの是非についてだけど、俺はアリだと思う。ナシとは言えない理由がある。

D.T.

D.T.

我らが童貞の星、みうらじゅん師と伊集院光師の「D.T.」。両名とも10代で童貞喪失し、現在童貞ではなく、伊集院師に至っては既婚者ですらある。そんな二人が童貞について語るなんて言語道断だ、っていう意見は、あんまりみかけない。みたことがない。むしろdoutei.comでは「全童貞&D.T.必読の童貞バイブル!」と絶賛されている

これは、この二人が有名な芸能人だから仕方なく見逃してるんじゃない。「D.T.の精神」を説いた二人の言説に共感し理解を示したからこそ、受け入れられているんだ。と思う。構成作家の渡辺君(童貞)に、「童貞的に乙葉はどうなの?」と聞く伊集院師の姿は、決して嫌味にはならない。童貞への愛と相互理解にあふれる、経験豊富な先輩として好意的に捉えられる。

既婚者が非モテを語ることも、同じだ。同じでなければならない。D.T.の二人が童貞について語るのはアリだけど、はてなで既婚者が非モテを語るのはナシだというのでは、意見に一貫性がなくなってしまう。

現役の非モテは、モテ陣営がどれほど理不尽な暴論を振り回してきたかをよく知っている。だからこそ、たとえ既婚者でも、非モテの精神に理解を示し、共有してくれる非モテ論者のひとたち、当事者性は薄くても過去の経験からさまざまな意見を投げかけてくれるメタ非モテのひとたちのありがたみが、よくわかる、はずだ。

「そうはいってもやっぱムカつくじゃん!」っていうのもわかる。気分が滅入ってるときは毒づきたくもなる。けど、「当事者性100%の人間以外は非モテを語るな」とかたくなになってしまうのでは、非モテは永遠に「手前の努力が足りないだけ」で止まってしまう。ブログというツールを使って、ただの個人の問題よりも高いステージにあがって、ある集団の抱える問題として考えていくのなら、既婚者NGなんていう狭い視点のままではいられない。