@kyanny's blog

創造性は記憶によるところが大きい - 黒澤明

id:republic1963 さんの送別会へ行ってきた

参考: Latest topics > republic1963さん送別会 - outsider reflex

Masao さんからメールをもらったとき、よく俺に声をかけようと思ったもんだなあと驚いた。返事をしたときも「僕が行っても良いんでしょうか」と書いたくらいで、参加予定者リストをみても半分以上知らない名前だったし、知ってる人たちにしたって俺が来るのをどう思うのだろうなあ、とやや不安を抱きつつ参加したら、逆に「来てくれるとは思わなかった」と三名くらいから言われて、さらに驚いた。あと、 graniph とモーニングのコラボ T シャツで絵柄が働きマンだったピンクの T シャツを着ていったら妙に反応がよくて、これも三名くらいから「安野モヨコだ!!」と突っ込まれた。そこかよ。

何人かと話をしてみて思ったが、どうやら俺は過去の非モテ活動と決別したのだと思われているのかな。当時のことはあんまり覚えてないけど、今は別に非モテを批判も否定もしてないし、そういう理由で非モテにまつわる言及をやめたわけではないのだけど、じゃあなんでブログ書いたりはてブしたりしなくなったの?ってことを誰にも言わなかったから、周囲からは袂を分かった人と見られていても不思議ではないのかもな、と思った。

その場で id:bunta さんとか id:junkMA さんには、この三年くらいを踏まえて考えたことなどを聞いてもらった。そういう話は、俺が人生の節目を迎えたときにでもブログに書こうと思っていた(し、そう思っているんだと彼らに話した)が、なぜ非モテ活動をしなくなったかはこのタイミングで書いておこうと思いなおした。残りの、非モテについて思っていることについては、そのときがくるまで心にしまっておくことにする。

俺が非モテ活動をやめた理由は二つある。一つは、はてなブックマークの競合であるライブドアクリップの開発担当者だったから、いつまでもはてブを使い続けるのは気まずかったため。もう一つは彼女ができたためだ。

一つ目の理由については、じゃあクリップのほうでコメントすればいいではないか、とも思った。けど、ソーシャルブックマークとしての機能ではなくて、そこにあるコミュニティが重要だったので、コミュニティができていないクリップでコメントをしても、意味がなかった。言及してることにならないし、他者の目にも触れない。コミュニケーションできない。 id:だれそれが通じる狭いはてな村だったからこそ、面白かったわけだ。

二つ目の理由については、要するに過去の自分に対するけじめだ。

ウェブを通じて知り合ったある友人がおり、何年か前、はてなを使い始めるよりずっと前に、彼に電話で愚痴ったとき、こんなことを言われた。「お前は童貞を馬鹿にする世間が憎いというが、一方で彼女が欲しいとこぼす。矛盾してるだろ。恋愛ゲームから降りるのはお前の勝手だが、降りたならゲームの参加者に文句をいうなよ」これにはぐうの音も出なくて、以後の俺の価値観に大きな影響を与えた説教だった。

彼女ができたり結婚したり、というのは、非モテゲームにおける「あがり」だと思う。俺は、あがった奴がまだあがれてない奴にむかって何も言ってくれるなと思っていた。「昔は俺もモテなかったけど、人生どうにかなるもんだからお前らも頑張れ」みたいなのが一番嫌だった。死ねよと思った。だから、自分がもしこのゲームをあがった時は、絶対に同じことはすまいと誓った。

俺は過去の自分が思っていたことを間違っていたとは思っていない。「既婚者や彼女持ちが非モテを語るな」と当時思っていたことは、正しかったと思う。その、当時の自分の考え方や感じ方を、今の自分も尊重してやりたいと思う。今、当時とは環境や立場の変わった俺が、軽はずみに非モテについて語ることは、当時の俺を侮辱する行為にあたる。当時の俺は、たとえ自分自身であろうとも、彼女がいる奴が非モテについて語ることを良しと思わなかったはずだからだ。

「誓い」は、よく守れてきたと思う。これからも、守り続けようと思う。あの頃の俺は、本当に辛かった。その辛さを誰よりも知っているのは、その辛さに耐えた今の俺以外にいない。その俺が当時の俺を尊重してやらなければ、俺の魂は救われない気がするんだ。