@kyanny's blog

創造性は記憶によるところが大きい - 黒澤明

進歩できる人、進歩できない人

最近、 Piro さんのブログで、いわゆる「オシャレ」に関する話題が多くなってきたように思う。

http://piro.sakura.ne.jp/latest/blosxom.cgi/wear/2006-05-14_damedashi.htm

とてもよいことだと思う。年始にあった「電車男ファッションマニュアルの著者氏プロデュースで変身」というアレがあって、そこで何か吹っ切れたのか、もしくはそこまではっきりしたものではなくとも、ご本人の「オシャレ」に対する意識に変化があったのだろう。

繰り返すが、これはとてもよいことだと思う。明らかに、 Piro さんにとっての進歩だと思う。別にオシャレをするようになったから進歩したのだと言ってるわけではない。人は変われる、ということだ。

同じようなことは、 Kammy+ さんにも言えるだろう。環境が変わったことで、心境にも変化が訪れたのか、最近は以前のように思いつめたエントリが少ない(更新そのものが少ないから、単に忙しいだけかもしれないけど、しかし胸に手を当てて考えて見て欲しい、あなたが一番頻繁にブログを更新するときって、かなしかったりイライラしてたり、こころが平穏じゃなくて日常に不満があるときじゃないですか?)

三度目だが、これはとてもいいことだと思う。思うのだが、こういう様子をみて、「ケッ あいつらはどうせ○×だから*1平気な顔をしてられるんだ。非モテで苦しんでるように見せてたのはうそだったんだ。あいつらは裏切り者だ!俺たちこそ真の非モテで苦しんでて迫害されててムキー!」という風に、かなしい感情を逆撫でされてしまうひともいるのだろうなあと思うとかなしい気持ちになってくる。なんでそんなふうに思うかというと、俺がまさにそういう風にやきもちをやくタイプの人間だからだ。幸運なことに、最近はそうでもないけど。

幸せになっていく人はちっとも悪くない。誰であれ、幸せになるのはいいことだと思う。その幸せを垣間見て、勝手に不幸せな気持ちになってしまうことがかなしい。そういう気持ちを抱かずに済むようになるには、どうしたらいいのだろう。俺だっていつまたそういう風に嫌な気持ちになってしまうかわかったもんじゃない。そういうつまらない感情に苦しめられている人が、変わるためには、進歩するためには、何が必要なんだろう?何が原因なんだろう?

今日、 RSS リーダーのフォルダを整理した。十個くらいに分類してたのを半分くらいに減らしたが、「非モテ」フォルダだけはそのまま残しておいた。「このフォルダ、誰も非モテの話なんてしてないな。みんな趣味の話とか仕事の話とかばかり書いている。もう、非モテフォルダを分けておく必要はないな」そして俺の RSS リーダーから「非モテ」フォルダが消える日が、早くくればいいなと思う。そのほうが見た目がすっきりするので。

*1:イケメン、エリート、金持ち、 etc.