@kyanny's blog

My life. Opinions are my own.

比嘉君

比嘉君に会った。入院中お見舞いに来てくれたとき以来だから、約五ヶ月ぶりだった。とても楽しい時間を過ごせた。考えているひととの対話は楽しい。志向に共通点があるひととの対話も楽しい。楽しくないはずがない。

入院中、村上春樹の「走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)」をもらったお返しに、「ハッカーと画家 コンピュータ時代の創造者たち」を贈った。彼がそうしてくれたように、おれが最も感銘をうけたフレーズのあるページにしおりがわりのアンケートハガキを挟んでおいて、そのことを告げると「お互い、粋ですね」と笑っていた。

いろいろな話をした。考えるということについて、プログラマについて、生き方について、など、文章にすると大げさにみえるけど、ごく普通に話していたら自然とそういう話題になっていった。会話のキャッチボール、というと陳腐だけど、「こういうことを伝えたい」と思いながら何か言うと、ちゃんとそれを汲みとってくれてその上で「こう感じた、こう思う」と、自分の考えと照らし合わせて反応してくれる。こういう深いコミュニケーションはなかなかできるものじゃない。貴重な経験ができて、幸せだと思う。

特に印象深かったのは、「知の高速道路」についての話をしたときのことだった。彼が「プログラマに興味があるが、今からでは遅いだろうか」と言ったので、そんなことはない、学ぶための環境はどんどん整備されていくからむしろあとから始めるひとのほうが有利だと思う、職業としてプログラマを選ばなかったとしてもプログラミングを学ぶ過程で論理的な思考を身につけることに意義があるはずだ、などと(偉そうに)言ったところ、「梅田望夫氏は、知の高速道路を走り終えた先に大渋滞があると言っていたが、そこで立ち止まらないために何が必要だと思いますか?」と質問された。普段からそういうことを考えていなければ、あのタイミングでこういう問いを発することはできない。その場のノリで適当に話を合わせているだけだったら、骨太な問いかけなど出てこないはずだ(もちろん彼が適当に話を合わせていたとは微塵も思っていない)そういう質問を、おれにしてくれたことがすごく嬉しかった。

その問いにおれは「好奇心だと思う」と答えた。より強い好奇心を抱いているひとが、立ち往生しているライバルたちをかき分けて、少しずつではあっても先へ進んでいくのだと。この答えもまた、おれが常日頃から考えてきてだした現時点での結論だ。彼に限らず、誰にでも「好奇心を大切にしろ」と言いたい。「感じ方」がにぶらないように、最大限注意を払うべきだ。おれ自身も日々、試行錯誤している。情報を得ることも大切だし、ときには情報を絶つことも大切だ。大事なのは、そのときの自分にとってどうするのが一番良いのかを考え続け、行動し続けることだと思う。どんなに拙い考えと行動であっても、自分で考え自分で動いたのならば成功からも失敗からも学べることがたくさんある。フィードバックを最大限活かすチャンスが得られる。そうやって「より良いやり方」を模索していく意識と姿勢を維持できれば、効率の良し悪しなんてどうでもいいとすら思う。

対話というのは不思議だ。刹那的に楽しいだけでは終わらない。むしろ別れてからのほうが、交わした言葉を何度も何度も反芻して、より深く対話しているような気にすらなってくる。

会いたいひとと会えて、渡したい本を渡せて、言いたいことを言って、聞きたいことを聞けた。言うことなしだ。