@kyanny's blog

Remember Everything

昨日のブログはありがたいことに結構な反響があって、おれももう人生折返し地点を過ぎてるかもしれないし、最後の三桁ブクマかもしれないのでご祝儀だと思って受け取っておくつもりなのだけど、若干カッコつけすぎたというか無意識に盛ってしまったのではという感じもしていて、少し申し訳無さを感じたりもしている。

社内外問わず色々な方々からお疲れ様でしたと言ってもらえて、自分の主観ではもちろん超疲れたのだけど、でもたかだか50名規模の組織のマネジメント、および組織長として経営の末席を汚す、という程度の役割は、客観的には大したことない仕事の部類に入るのではと思ったりもする。そのくらいの規模の組織、成長中のスタートアップでもざらにあるし、企業の数だけ組織長もいるわけなので、別段珍しくもない。そういう役割を難なくこなしている人たちや、桁違いの規模でそれをやってのけている人たちからすれば、「その程度で何を大げさな」という話だろう。

自分には「50人の壁」を乗り越えられる能力が無かった、というだけの話だともいえる。おれは大きな数が苦手なんだなとつくづく思う。4人のチームや10人のグループの中で、時と場合に応じてリーダーシップ・フォロワーシップを発揮するような動きは好きだし得意だとも思うが、20人とか50人の組織の課長とか部長のような立場というのは性に合わないと思うし、ついぞ慣れることはなかったと思う。ずっと居心地が悪かったし、ただただ孤独になっていってしまったように思う。そういう器ではなかったのかな、と思う。

しかし慣れなかったのは良いことでもあった。実際、二年も「部長の椅子」みたいなものに居座っていると、見える景色も見慣れてくるし、仕事の進め方のお作法みたいなものもわかってきて、作業的な部分はスムーズに進められるようになり、メンタル的なつらさもやはり多少は慣れてきてしまって、仕事全般が楽になっていくことを実感もしていた。が、それこそおれが恐れていた保身、ダークサイドに堕ちてしまうことであり、絶対に避けなければならないと思っていたので、慣れきってしまう前に身を引けたのは、自分で自分を褒めてやりたい。

一方で、孤独を感じてしまったのは完全に自分の力不足、落ち度だと思っていて、もっと「現場」の近くでいろいろやる取り組みを自ら企画したり実行したりできなかったものか・・・と思う。言い訳をすると、スクラム風開発で見積もりしてスプリントごとにベロシティはかって、みたいな開発スタイルで開発ロードマップ(計画)からの遅延・乖離に敏感で、というやり方が広がっていた状況下では、今日出した PR のレビュー指摘を修正する時間が何日後にとれるかわからない、みたいな時間配分でやりくりしなくてはならない立場だと計画の阻害要因になるのは目に見えていて、下手に手出しするとかえって邪魔なのでやらないようにしたのだけど、それならそれで趣味色・実験色の強いものを作ってみるとか、やはりやりようはあったのでは・・・という気はするのだが、できなかったのは事実だし、それも自分の能力がそこまでだったということなんだろうなと思う。

今日は dead code を消す仕事をリハビリという感じで恐る恐る少しだけやってみて、やはり自分の手を動かして目に見える diff をうむのは楽しい、小さくてもやりがいを感じられるなとしみじみ実感した。ピープルマネジメントや組織マネジメントも GitHub でカラフルな diff が見られたらもうちょっと手応えを感じられたのかもしれない。